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千葉地方裁判所 昭和46年(タ)16号 判決

原告 オルソン ハッジェス

Olson S. Hodges

右訴訟代理人弁護士 谷口茂昭

被告 リリア ハッジュス

Lelia G. Hodges

主文

原告と被告とを離婚する。

原告と被告との間の子ダニエル・ハッジェス(Daniel L. Hodges 一九五四年三月一〇日生)の親権者を被告とする。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実

≪省略≫

理由

一、≪証拠省略≫によれば、原告は、アメリカ合衆国フロリダ州に出生し、被告は同合衆国バージニア州に出生し、いずれもアメリカ国籍をもつものであるところ、両名は一九四七年(昭和二二年)六月一五日フロリダ州法に従って婚姻したものであること、原告は婚姻する以前から日本に永住してキリスト教の伝道を行い度いとの希望をもち、被告に対しても、日本の伝道に一生をささげたい旨を伝え、一九四九年(昭和二四年)フロリダ州ジャクソンビルのバプティスト教会を母教会とし、バプティスト・バイブル・フェロウシップの後援をうけて、宣教帥として来日し、爾来千葉市習志野市に居住して、伝道に従事し、一九五四年(昭和二九年)右両名間に長男ダニエル・リー・ハッジェスが出生したものであること、原被告は来日後、一九五三年、一九五八年、一九六三年、一九六七年の四回にわたり、それぞれ約一年間休暇を得てアメリカに帰国したことはあるが、引続き日本に居住し、原告は一七六五年には日本バプティスト聖書神学校の校長となり、多忙の日々を過しているうち被告は、一九六九年(昭和四四年)、原告に無断で秘かに帰国の準備をした上、長男を伴い、同年八月二五日、原告とともに日本に居住することはできないとして帰国するに至り、現在表記住所に居住していることが認められる。

二、ところで、原被告はいずれもアメリカ合衆国国民であり、その離婚の裁判管轄は、原則としてアメリカ合衆国にあると解せられるが、当事者の住所地を基準として裁判管轄を認めることは、国際生活の円滑と当事者の便益のためにも必要と解され、現在、原告は上記のとおり、引続き日本に住所(日本法)をもち、被告はアメリカ合衆国に住所があるが、被告は上記認定の経緯から、原告のもとを去り、アメリカ合衆国に帰国したものであって、斯様な場合は正義公平の見地から、原告の住所地を管轄する当裁判所は、国際的裁判管轄権があるものと解される。(最高裁判所昭和三九年三月二五日判決)

三、法例第一六条によれば、離婚はその原因たる事実の発生した時における夫の本国法によるとされ、同二七条三項により夫の本国法であるフロリダ州法によるものと解される。右フロリダ州における国際私法は、アメリカ合衆国における国際私法と同様と解され、当事者の住所地の裁判所が離婚に関する裁判権をもち、離婚を請求する権利は法廷地の法に従う(リステイトメント一一三、一三五)こととなるのである。従って、原告の住所が、アメリカ法上、日本にあると認められる場合は、法例二九条により、法廷地である日本の法律が離婚の準拠法となると解される。

四、ところで、≪証拠省略≫を綜合すれば、原告は、永住の意思をもって被告と共に一九四九年(昭和二四年)来日し、以来千葉市を生活の本拠として、主として千葉市周辺の伝道に従事し、昭和四四年には習志野市に住宅を新築して居住し、来日以来二〇年余に及んだこと、被告が帰国した後、同人に対し、再三原告のもとに帰ることを求めたが、被告はこれを受入れず、家庭の崩壊状態が継続したため、宣教師として伝道の仕事を継続することが困難となり、一九七〇年(昭和四五年)三月、母教会及びバプティスト・バイブル・フェロウシップとの関係を絶ち、津田沼市所在の英語学校の校長に就任し、引続き一市民として伝道にも従事し、日本に永住の意思であることが認められる。以上の事実によれば、原告は母教会に帰属する宣教師ではあるが、日本における伝道のため、自ら日本に永住する意思をもって被告と共に来日し、千葉市に居を定め、二〇年余にわたり一定の場所に居住して、客観的に定住の事実が継続しているものであるから、原告は、フロリダ州法を含むアメリカ合衆国法にいう選択住所を日本に取得したもの(尚、一九七〇年には母教会との関係を絶っていることは上記のとおり)と解するのが相当であり、原告は日本に住所をもつということができる。

五、≪証拠省略≫を綜合すれば、被告は、来日当初は、原告と共に協力して伝道に従事し、円満な家庭生活を営んでいたが、原告は、一九六五年八月、日本バプティスト聖書神学校の校長に就任して以来、多忙な日々を送り、又宣教師としての使命感から熱心に伝道に従事し、日本人信徒との交流も深まり、その信者層を拡大するとともに、日本を愛し、日本の生活にも融和していったが、一方伝道に主力をそそぐため家庭を留守とすることも多く、生活は必ずしも規則的とはいえず、家庭のことは措いても日本人信徒のために尽すところから、被告は家庭を重視しない原告に不満を覚え、家庭の経済面についても不足をとなえ、又、原告は自己の信ずるところを固持する面もあり、一方被告も必ずしも柔軟な性格ではないため、次第に原告との生活に円満を欠くようになり、更に日本の生活にも同化しきれないところから、孤立的な感情が強まり、日本において、原告と共に生活することが苦痛となったこと、その結果、原告に相談することなく、一九六九年、上記のとおり帰国するに至ったこと、原告は、同年九月、所用をかねてアメリカの被告のもとを訪れ、話合ったが、被告は再び日本において生活することを拒絶したこと、一方原告は来日当初からの日本に永住する意思を捨てず、現在においても、原告は日本に、被告はアメリカに、それぞれ永住する意思であることが認められる。

以上の事実によれば、被告は、日本において伝道に一生を捧げたいとする原告の意図を了解し、これに協力する意思をもって来日したものであり、一方、原告には、家庭生活を第一としない点において、若干責められるべき点はあるとしても、原被告間の婚姻関係を破綻させるに至った決定的責任があるものとも断じ難く、このような状況のもとに原告と相談することもなく被告が日本に居住する意思を放棄し、再び来日しない意図をもって、原告を放置して帰国することは、原告を悪意をもって遺棄したものとも解され、又、原被告は、いずれもアメリカ及び日本において、それぞれ永住することを譲らず、両者がいずれかにおいて再び生活をともにし、家庭を築いていくことは全く期待できない状況であるからこれは婚姻を継続しがたい重大な事由にも該当するといわなければならない。

六、≪証拠省略≫によれば、原被告間の長男ダニエル・リー・ハッジェス(一九五四年三月一〇日生)は、被告に伴われてアメリカに帰国し、爾来被告のもとで安定した生活をしていることが認められる。

ところで、父母の離婚による子の監護者の決定は、離婚に附随して生ずる問題であって、当裁判所にその裁判管轄を生じ、子の監護権の帰属についても、離婚原因発生当時における夫の本国法によるものと解され、上記離婚と同様、法廷地法への反致が認められているものと解するのが相当であり、現在の生活状況から推して、右長男の親権者は被告と定めるのが妥当と認められる。(フロリダ州法においては、子の親権その他子に関するあらゆる問題に関し、正義ないし子の利益の見地から自由に決定を行うことができると規定している)

七、以上であるから、原告の本訴請求は正当であるから認容し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 大内淑子)

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